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「日本で初めて経験したのが…」名将ヴェンゲルが明かした名古屋時代の“苦悩”とは?

記事の内容

ペナルティのワッキーさんからの質問に返答

 3月16日、元アーセナル監督で、名古屋グランパスなどでも指揮を執ったアーセン・ヴェンゲル氏が、『アーセン・ヴェンゲル自伝 赤と白、わが人生』の日本語版が同日に発売されたのを記念し、オンライン会見を行なった。

 同書は、ヴェンゲル氏による初の自伝で、2020年9月に母国フランスで刊行され、ベストセラーとなった。現在までに、日本を含めて世界15か国で翻訳が決定している。

 フランス・アルザス地方の小さな村で生まれ育った幼少期、県リーグの3部チームからフランス1部リーグに上り詰めた現役時代、そして、名古屋を経て渡ったアーセナルで無敗優勝を成し遂げるなど輝かしい実績を残し、22年間に渡る長期政権を築いた監督時代。努力を重ねて、成功をつかみとった生涯が、貴重な写真とともにまとめられた一冊となっている。

 その会見にゲスト出演した、名門・市立船橋高サッカー部出身のお笑いコンビ・ペナルティのワッキーさんから、「名古屋の監督時代に大変だったことや印象に残っていることはありますか」と質問を受けると、ヴェンゲル氏は次のように答えた。

「就任した時、名古屋はとんでもない連敗記録を更新しつつあったので、選手たちは自信を失っていた。それでも、『負の連鎖は続かない』と説得力をもって伝えるのが難しかった」

 初めてフランス以外のクラブを率いたこともあり、言葉の壁にも苦悩したようだ。

「大きなチャレンジをするために、どんなメッセージを送ったらいいのか。通訳を介してチームに指示を与えるのが初めてだったので難しかった。ただ、いま振り返ると(日本人に比べて)われわれ外国人の監督はコミュニケーションの取り方が激しくなってしまう。時には乱暴な言い方になってしまうが、通訳が和らげてくれるので、それは良い点かもしれないね」

 ヴェンゲル就任1年目の1995年シーズン、前年の第2ステージで最下位だった名古屋は開幕8試合でわずか1勝と躓いた。だが、中断期間のパリ合宿を機にチームのスタイルが固まり、そこから破竹の快進撃。第1ステージは最終的に4位まで浮上すると、第2ステージは優勝争いに加わり、2位でフィニッシュする。そして、天皇杯で見事に戴冠を果たし、クラブ初タイトルを獲得したのだった。

引用元

 

1:名無しさん@さかまと!

まさに黄金期でした。ピクシーやデュリックスも良かったし、平野や岡山も素晴らしくて見に行くのが楽しかった。

 

2:名無しさん@さかまと!

ヴェンゲルが名古屋グランパスエイト監督時に痛感したのは、やはり監督の考え1つでチームというのは浮き沈みが激しいものだと改めて感じたのを覚えてます。
あの弱小チームと言われていた名古屋を短期間であそこまで強くするなんて思ってもなかったし、それを目の当たりした時の衝撃は大きかった!
浦和レッズも同じ事が言えると思います。
万年最下位争いチーム常連と揶揄されていたのに近年は上位争いをするチームになりました。
浦和レッズの場合は監督以前に熱烈なサポーターが後押しがあり、長期的な育成が実り強くなった部分が大きいですね。
ギド・ブッフバルトの存在が半端なく大きかったのも要因かな。

 

3:名無しさん@さかまと!

当時の名古屋はピクシーと小倉のツートップ。
どちらもストライカータイプではなく、少し下がってのプレーを得意としていた。
(小倉がケガした後も本来MFの望月がトップで起用されていた)
その分、サイドの平野や岡山、中盤のデュリックスが前に出るなど流動的に動いていた。
その後、世界サッカーの流行となるゼロトップの走りだったのではと思う。

 

4:名無しさん@さかまと!

エミレーツ完成後、資金繰りのために思ったような選手補強ができなくとも毎年CLに連れていっていたのは流石としか言いようがない。
タイトルをとれないことに批判は殺到したが魅せて勝つチームは本当に好きだった。

 

5:名無しさん@さかまと!

あのころはチケットとるのも結構大変で、瑞穂が毎回2万人はいってた記憶がある。深夜の録画中継も視聴率が2桁だった記憶がある。
ベンゲルが来る前は弱小だった名古屋が途端に勝ちだした、それも流れるようなサッカーでみんなが見たいと思われるようなサッカーだったから当然か。
ただ勝てばいいではつまらない。魅せて勝つ。難しいけど頑張ってほしい。

 

6:名無しさん@さかまと!

ピクシー以外のトーレス、パシ、デュリックスの助っ人外国人の質もかなり高かった。
弱小チームに勝者のメンタリティを叩き込んでくれましたね。

 

7:名無しさん@さかまと!

監督の大切さを実感させてくれた名将でした。
今ほど補強も大幅にせず、既存の選手で生まれ変わるチームは痛快でしたし、優勝の可能性もあったヴェルディ戦でピクシーを外した試合、
幼心に不思議で仕方なく悲しかったのですが、ベストメンバーで負けたら自信も失うのでそんなことも考えていたのかなぁなんて思います。

 

8:名無しさん@さかまと!

その後アーセナルでも凄い成績を残したし、名将は名将で、名将に率いられると本当に変わる分かりやすい例ですね。

 

9:名無しさん@さかまと!

長良川陸でV川崎に負けて、優勝争いから脱落したな。
スタジアムキャパがまだ小さい時代だったのもあるが、チケット取れなかった。懐かしいですね。

 

10:名無しさん@さかまと!

ベンゲル期のグランパスの話をするなら「ディフェンスがいなければストイコビッチ級」と言われた小倉も忘れてはならない。

 

11:名無しさん@さかまと!

これ見ると名古屋時代はリーグ戦の成績も大幅に改善させたんだなあ。

 

12:名無しさん@さかまと!

いまだに監督で強くなったチームというと当時の名古屋を思い出します
自陣からワンタッチパスをつないでつないでゴールの映像はため息つきながら眺めていました

 

13:名無しさん@さかまと!

アーセナルは、ヴェンゲルが監督だった頃は
毎年CLにでていたもんなぁ。
やっぱり名将なんだよ。

 

14:名無しさん@さかまと!

こういう方に、代表監督を
お願い出来ないのか
日本サッカー界に
力を貸して下さい!

 

15:名無しさん@さかまと!

通訳ってチームの浮沈の鍵を握ると言っても過言ではない存在なんだね。

 

16:名無しさん@さかまと!

1年半だけだったんだ、名古屋の監督なんてベンゲルとピクシーしか記憶に残ってないわ。

 

17:名無しさん@さかまと!

スーパーサブ森山選手もワクワクして見ていたなー。

 

18:名無しさん@さかまと!

そうだよな、通訳大変だよな。通訳の腕にもよるんだな。

 

19:名無しさん@さかまと!

イイ時代だったな~
スタジアムへ行くのにわくわくさせられたもんな~

 

20:名無しさん@さかまと!

名将!!!!!

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