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室屋成が語るドイツ移籍とFC東京愛。「健太さんが“頑張って来いよ”と」

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 室屋成は8月15日のJ1第10節・FC東京vs.名古屋グランパスに先発出場し、ドイツ移籍前最後の試合で勝利に貢献した。試合後のセレモニーではファン・サポーターへの感謝の念を述べて新天地ハノーファーへと旅立っていたが、その数日前に日本最後のインタビューとしてこれまでのキャリア、そしてクラブ愛について、オンラインにて語ってくれた。

ちょっと困ったような表情を浮かべた室屋成は、少し考えてから「なんですかね……一番とか、決められないです」と言って笑みをこぼした。

 FC東京での一番の思い出はなんですか――。

 そんな質問を投げ掛けたときのことである。

 その間、脳裏に浮かんだ風景は、どんなものだっただろう? 

 大学3年で明治大サッカー部を退部して、FC東京入りを決めた入団会見の風景か。

 初めてFC東京のユニホームをまとってJ1のピッチに立った、2016年7月9日のヴァンフォーレ甲府戦か。

 今季の横浜F・マリノス戦をはじめとする、数々の好クロスのシーンか。

 昨季のリーグ終盤、優勝を目指して戦った、痺れるような日々か。

 それとも、小平グランドでチームメイトと談笑した、他愛のない日常か……。

2018年4月、鹿島戦でのリーグ戦初得点。

 記者席から見た室屋のプレーで、個人的に強く印象に残っているのは、リーグ戦初ゴールを決めた'18年4月、味の素スタジアムでの鹿島アントラーズ戦だ。

 自陣深くから走り出すと、ハーフウェーラインを越えたあたりで永井謙佑のヒールパスを受けて一気に加速し、ゴール前まで運んで右足を振り抜く。

 直後、渾身の一撃が、ニアサイド上段に突き刺さった。

 '16年2月にFC東京に加入した室屋にとって、プロ3年目。長らく右サイドバックを務めた徳永悠平が’17年限りで退団し、室屋への期待がさらに高まったものの、長谷川健太監督を満足させられないでいるうちに、サブへと降格させられた。

 この扱いが、室屋のハートに火をつけた。

“心のストッパー”を外して不動の右SBに。

「プロに入ってから『自分の良さが出せてないな』と感じていたんです。それで『バランスを考えすぎた結果、ベンチになるんだったら、自分らしいプレーをしよう』って。『仕掛けまくって、それでもダメで、このチームを出て行くことになるなら仕方がない。考えすぎず、もう無心でプレーしよう』って」

 “心のストッパー”を外した室屋は練習試合で4アシストをマーク。アピールが実って先発復帰したV・ファーレン長崎戦でもアシストを決めると、翌節の鹿島戦でくだんのスーパーゴールを決めるのだ。

 その後、室屋はFC東京の右サイドで不動の存在となる。’17年12月のE-1選手権で初選出された日本代表においても’18年9月以降、常連メンバーとなっていく。

 そんな選手がシーズン中に突然、いなくなるのだから、指揮官にとって相当な痛手だったに違いない。

長谷川監督からは「マジか!?」と。

 室屋にオファーが届いたことを長谷川監督が知ったのは8月9日、セレッソ大阪戦を終えて帰京する最中のことだったという。

「聞いたときは、『マジか!?  この時期に!? 』という思いでした。寝耳に水じゃないですが、びっくりしました」

 長谷川監督が驚くのも無理はない。なにせ、室屋にとっても降って湧いたような話だったのだ。

「正式にオファーが届いたのは、1週間ちょっと前くらいですかね。そこでチームに『行きたい』ということを伝えて。それから1週間ほど、強化部、監督と話し合って、行くことになりました」

 主力である自分がシーズン中に離脱することがチームにとってどれだけ痛手か、理解していた。ましてや橋本拳人が1カ月前にロシアに旅立ったばかりなのだ。

 監督に怒られても仕方ない――。室屋はそう思っていた。

 ところが、指揮官の対応は、室屋の予想とは大きく異なるものだった。

「東京にずっといてもいいかな、と」

「健太さんは『行きたい、って言ってたもんな』って。背中をトントンと叩いて、『頑張って来いよ』という感じで、後押ししてくれたというか。すごく優しかったです」

 室屋の口から海外でのプレー願望を聞いたのは、リオ五輪のあとだったから、'16年の秋、あるいは、'17年シーズンの前くらいだったか。「将来はヨーロッパでやりたいですね」「(中島)翔哉ともそんな話をしています」というようなことを打ち明けてくれた。

 その後、ドイツから代理人が室屋のプレーを視察するために、味の素スタジアムにやって来たこともあったが、海外移籍は実現しないまま、月日は流れていた。

 だから、今回のオファーは室屋にとって待ち焦がれたものだったに違いない、そう思っていた。ところが……。

「東京にずっといてもいいかな、と思っていたんです」

 室屋はそう、きっぱりと言った。

「今思えば、若い頃は、海外に行かなきゃいけないとか、どんどん移籍して、上を目指さなきゃいけないといった雰囲気があったから、『移籍したい』と言っていたような気がします。大学時代の監督や高校時代のコーチも、上を目指すのが当然っていう感じで。メディアの方々もそういう雰囲気で話してくるし(笑)。そういう流れに任せていたというか、流されていたと思うんです」

26歳、リーグ中断と舞い込んだオファー。

 その言葉を聞いて、ドキリとした。まさに自分も誘導尋問を仕掛けていたメディアのひとりだったからだ。室屋がさらに続ける。

「今26歳。これからの人生でどういった選択をするか、自分にとって何が大切か、サッカー以外の私生活の部分も含めて考えたときに、東京に居続けることは悪くないな、と思っていたんです。Jリーグにいるから成長できないとは一切思っていないですし」

 そんな室屋にとって、自身のサッカー人生や生き方を改めて見つめ直す機会となったのが、新型コロナウイルス感染拡大防止のためのリーグ中断期間だったという。

「サッカー人生は決して長くない。いろんなものに挑戦しなきゃいけないなって。サッカーができない期間に、いろいろと感じることが多かったんです」

 そんなときに突如、舞い込んだオファー。運命を感じずにはいられなかった。

「このタイミングで行かない、という選択はできないなって。ひとりのサッカー選手として海外でプレーしてみたい、自分が経験したことのない環境に飛び込んでみたいという感情を、抑えることができなかった」

元気くんからは「来るっしょ」と(笑)。

 室屋の移籍するドイツ2部のハノーファーは、かつて清武弘嗣、酒井宏樹、山口蛍が在籍し、現在は原口元気が所属していることで知られる。昨季は6位に終わり、3シーズンぶりの1部復帰を目指すチームだ。

「日本人に対して理解のあるクラブだと思うので、適応しやすい環境だと思います。僕がどういう選手なのか、元気くんが監督やGMに伝えてくれたみたいで。僕もチーム状況を元気くんに聞いています。そこまで深く話したわけではないですけど、『来るっしょ』みたいな感じで(笑)」

 1部昇格に貢献することが、最大のミッションだ。一方、室屋がひそかに楽しみにしているのが、ピッチ外での経験である。異国の文化に触れ、果たして自分はどんな風に変わっていくのか……。

「島国の日本でずっと育ってきた。向こうに行けば、自分の考えと違ったり、驚くことばかりだと思うんですけど、違う文化に触れることは日本にいるとなかなか難しい。いろんな文化に触れたりするのが僕は好きだし、言葉が通じない状況で、ひとりの人間として幅を広げるというか、いろんなものを吸収したいという想いがあります」

南野も「近くなるな。会えるやん」。

 まだ多くの選手に移籍の報告ができたわけではないが、東京のチームメイト、原口と並んで連絡を取った数少ない選手のひとりが幼馴染の盟友、リバプールの南野拓実だ。

「移籍がだいたい決まりそうなタイミングで連絡したんですけど、喜んでくれましたね。『近くなるな。会えるやん』って。アドバイスは特にないです。『メンタルでしょ』みたいな感じでした」

 ちなみに、ひと足先に欧州に旅立った橋本とは、連絡が取れていないという。

「ロシアはLINEが繋がらないみたいで。だから、インスタのメッセージを送ったんですけど、まだ返事は来てないです(笑)。1カ月前、拳人くんが移籍するとき、『拳人くん、行っちゃうの? 』みたいな感じだったのに、まさか僕も行くことになるなんて」

街も、チームの雰囲気も最高だった。

 心残りはありますか――。そう訊ねると、間髪入れずに「やっぱりタイトルを獲れなかったことですね」と表情を曇らせた。

 だが、FC東京で過ごした4年半が、何ものにも代えがたい日々だったことは間違いない。

「最高な時間でした。街も最高だし、チームの雰囲気も最高。ベテラン選手の若手に対する接し方だったり、FC東京の雰囲気が僕は大好きで。そうした中で4年半、100試合以上に出させてもらったのは、サッカー人生だけでなく、人生においても最高の経験ができた、という思いです」

 振り返れば、生まれ育った大阪を離れて青森山田高の門を叩いたときも、プロからオファーを受けながら明治大に進学したときも、明治大3年でプロの世界に飛び込んだときも、すべて直感を信じて決断した。

「これまでも自分の直感に従って、いろんなところに飛び込んできたけれど、間違いなかった。今回もレターが届いたとき、何も考えずに直感で『行きたい』と思った。今までの決断と同じなので、間違いはないと思っています」

「とにかく突っ込んでやろう」

 ラストマッチとなった名古屋グランパス戦に勝利したその夜、室屋はスーツケースに荷物と夢を詰めこんで、慌ただしく機上の人になった。

 FC東京入りを決めたとき、21歳の青年は新たな冒険に胸を高鳴らせていたが、4年半が経った今は、不思議と落ち着いているという。

「年齢を重ねたこともあるけれど、どうなってもいい、という開き直りの気持ちも強いですね。どうなるか分からないけれど、とにかく突っ込んでやろうと思っています」

引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/d1ec39439d5a7d91de3727cdcb9a6d5e08acfe1c

 

1:名無しさん@さかまと!

海外でリヴァプール南野と試合する日が来て試合前後に握手するシーンなんかが見れたら最高だろうね

 

2:名無しさん@さかまと!

正直痛手だけど、諒也や佳史扶、帆高らの一層の奮闘に期待するしかない。

 

3:名無しさん@さかまと!

海外向きの選手だから移籍は正解だと思う、FC東京では守備重視で能力を発揮しきれなかった印象がある。

 

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