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日本サッカー界の歴史に残るPK男駒野友一が静かに語り出す

1: 2020/06/05(金) 14:35:23.21 0

「人とすれ違うのも怖かった」南アW杯の“戦犯”と呼ばれた駒野友一が明かす10年前の真実
https://news.yahoo.co.jp/byline/motokawaetsuko/20200605-00180781/

日本中を感動と興奮に包んだ2010年サッカー南アフリカワールドカップ(W杯)ベスト16進出の快進撃から10年。
2018年ロシアW杯でも16強入りしているが、悲願のベスト8に最も近づいたのは、延長・PK戦まで粘った南ア大会のチームだと言っていい。
「勝てば王者・スペインとの真剣勝負」という大きな夢に、彼らはあと一歩、手が届かなかった。

その責任を一身に背負い込んだのが、PK戦で唯一、失敗した駒野友一(FC今治)だ。
号泣する背番号3の姿は多くの人々の脳裏に焼き付いているに違いない。
10年という月日が経過した今、あのPKをどう捉え、その後のキャリアにどう生かしているのか。
「戦犯」とバッシングを受けた当時のことについて、駒野が静かに語り出した。

(続)

 

2: 2020/06/05(金) 14:36:58.26 0

「ブブゼラの音も聞こえた」蹴る前の心境
――スコアレスのまま延長が終わり、PK戦になった瞬間は?

「気持ちの揺れはなかったですね。監督の岡田(武史=現FC今治代表)さんが淡々とPKの順番を指名して、自分は3番目でした。
(イビチャ・)オシムさんが監督だった2007年アジアカップの3位決定戦(・韓国戦=パレンバン)でも蹴って決めていましたし、自信はありました」

――1番手の遠藤保仁選手(G大阪)、2番手の長谷部誠選手(フランクフルト)が決めました。
その時は本田圭佑(ボタフォゴ)と田中マルクス闘莉王両選手に挟まれていましたけど、蹴る前に2人から何か声をかけられましたか?

「覚えてないです。なかったと思います」

――ハーフウェーラインからゴール前まで歩み出て、実際に蹴るまでのシーンは?

「はっきり覚えています。ブブゼラの音も聞こえてましたよ。緊張は全然してなかったですね」

――記者席では「コマちゃん、大丈夫か」という心配の声も挙がりましたけど(苦笑)。

「ハハハハ…(笑)。ぼくは普通でした」

――どんなボールを蹴ろうと?

「蹴る前にGK(フスト・ビジャール)の動きが一瞬視野に入ってきたんで、『GKの手が届かないところに蹴ろうかな』と。
そう思って上を狙いました。ただ、それまでのPKで上を狙ったことはなかったかもしれない。
際どいところを狙ったというのは確かにありました」

乾いた音が響いた。駒野の蹴ったボールはクロスバーの左上を直撃。そのまま外へ出た。
次の瞬間、彼は大きくのけぞり、頭を抱え、髪をかきむしった。
パラグアイの選手たちが歓喜の雄叫びを上げる傍らで、岡田監督は表情ひとつ変えずにピッチ上を凝視。
中村憲剛(川崎)や玉田圭司(長崎)が「信じられない」といった表情を浮かべる。
本田や長友佑都(ガラタサライ)がゴール前を睨みつける中、駒野は無言で仲間のところに戻った。

――大会直前にキャプテンマークを長谷部選手に譲った中澤佑二選手(現解説者)が迎えてくれました。

「そうやってわざわざ来てくれたのは、すごくうれしかったですね」

――戻ったあとは遠藤、玉田両選手に挟まれていましたが、言葉はかけられた?

「いや、ないです」

――どんな思いで後の場面を見ていました?

「自分が外しているので、『永嗣(川島=ストラスブール)、止めてくれ』と」

――パラグアイの4番手、ネルソン・バルデスが決め、本田選手も成功したものの、最後のオスカル・カルドソは左足でタイミングを外して軽くシュートを蹴り込みました。日本の敗退が決まった瞬間は?

「自分1人だけ外して負けてしまった。責任はすごく大きかった。試合が終わった瞬間から自然と涙が出てきました。ボロボロ泣けてくるなんて、人生であの時だけですね」

(続)

 

4: 2020/06/05(金) 14:38:06.51 0

涙にむせぶ駒野をチームメートが次々と励ました。
最年長の川口能活(現日本サッカー協会アスリート委員長)を筆頭に、中澤、中村俊輔(横浜FC)と先輩たちが次々と近寄ってくる。
岡田監督に肩を抱かれ、しつこいマークで苦しめたネルソン・バルデスからも「マイフレンド」と激励の言葉を贈られた。
そんな中、やはり駒野が一番うれしかったのは、同級生の松井大輔(横浜FC)と阿部勇樹(浦和)が駆け寄ってくれたことだった。

「帰国後は人とすれ違うのが怖かった」
――みんなに励まされました。

「松井とアベちゃんが近くにいましたね。あの時点では周りの声も聞こえなかったというか、耳に入ってこなかった。
隣に誰がいたかも分かんなかったけど、『大丈夫だよ』『自信を持って帰ろう』と言ってくれた気がします。でもその時はそんな気持ちにはなれなかったですね……」

――試合後のミックスゾーンも素通りでしたね。

「ロッカールームに入って、外に出る時には涙は止まってたんですけど、そこで田嶋さん(幸三=現協会会長)から言葉をかけられて、また泣いてしまって……。
その後、ミックスゾーンを通ったんですけど、記者の人に話せる感じじゃなくて、通り過ぎたんです」

――ホテルに戻ってから自宅に電話しましたか?

「はい。奥さんから『胸を張って帰ってきて』と言われました」

――南アフリカから帰国後は?

「奥さんと娘と一緒に沖縄旅行に行ったんですけど、『自分のせいで負けた』という気持ちが残っていましたね。
旅行先でも人の視線がつねに気になりました。南アから戻って声をかけられることも多くなりましたけど、最初はすれ違うだけでも正直、怖かったです」

――あれからPKに対する苦手意識は生まれました?

「あの失敗があったから蹴りたくないっていうのはないです。その後、Jリーグで天皇杯やスルガ銀行カップでも普通に蹴りましたから。
『蹴りたくない』と自分から言うこともなかったです」

――PKを蹴る時にあの失敗が脳裏をよぎることは?

「ないですね。その時、見に来てくれたサポーターがざわざわしたので、そっちの方が気になりました」

――パラグアイ戦を改めて見返したことは?

「1回も見てないです。でも最近、当時生まれてなかった小学校3年生の息子が初めて映像を見たらしいんです。『パパ、PK外したんだね』って言われました。ずっと記憶されますね(苦笑)」

(続)

 

5: 2020/06/05(金) 14:38:41.57 0

 パラグアイ戦はテレビ視聴率57.3%という驚異的な注目度を誇った。
「駒野=PK失敗」と認識する国民も少なくない。
それを象徴するかのように、彼はこの10年でPK戦に関する取材を50~100件も受けたという。
常人には想像できないほどの大きな挫折を経て、駒野はサッカー選手としても、1人の人間としても確実に成長した。

あのPKから10年経っても持ち続ける思い
――あのPKは自分自身にどのような意味をもたらしましたか?

「あの場面で外していろんなことがありましたけど、それでサッカーが怖くなったとか、嫌になったとかは全然なかった。
Jリーグに戻ったら、成長した自分を見せたいと思ったんです。というのも、ジュビロに200~300通のメッセージが来ていたんですよ。
2割は『なんで外したんだ』というきつい言葉でしたけど、8割が『よくやった』『感動した』という激励だった。
こんなに沢山の人に応援してもらえてるんだと感じた。だからこそ、もう一度、自分が元気にやってる姿をグラウンドで見せたいと思った。
その気持ちは10年経っても持ち続けてますね」

――94年アメリカW杯決勝でPKを外した元イタリア代表FWのロベルト・バッジョが「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持つ者だけだ」という言葉を残していますが、どう感じますか。

「PKは選ばれた選手だけが蹴るもの。あそこで監督に指名されて、自信がなかったわけじゃない。そう考えると勇気はありましたね」

――最後に駒野選手にとってパラグアイ戦のPKとは?

「より自分を成長させてくれた出来事。1つの重要なシーンです」

一度は地獄に突き落とされたが、不死鳥のように力強く這い上がった駒野友一。
今季からJ3に昇格したFC今治で、あの日と同じ背番号3を今も背負い続けている。

3: 2020/06/05(金) 14:37:26.46 0
2chでもニコニコでもすげーたたかれてたなw

 

7: 2020/06/05(金) 14:41:27.63 0
ベッカムも外したから大丈夫
ただベッカムのように挽回することはなかったな

 

8: 2020/06/05(金) 14:42:21.07 0
ロベルト・バッジオが↓

 

10: 2020/06/05(金) 14:44:02.85 0
寧ろPKと言えば駒野と弄ってやるのが供養だよな

 

11: 2020/06/05(金) 14:45:26.33 0
パラメヒコマン

12: 2020/06/05(金) 14:46:21.18 0

外した駒野ばっかり槍玉に挙がるけど

一本も止めれなかったGKの方が
罪が重いというのが個人的感想

 

17: 2020/06/05(金) 14:59:22.68 0
>>12
川島ってあの頃から今の今まで一度も川島で良かったなって事がない

 

21: 2020/06/05(金) 15:16:01.05 0
>>12
終了寸前で川口に変えるギャンブルは岡田には無理だな

 

25: 2020/06/05(金) 16:15:07.34 0

>>12
それは言われてたな
南米相手のPKはGKは最後まで動いちゃダメという
基本も守れなかった川島

動いたら逆に蹴るのはうまいから
真ん中で待つのが正解だったんだが
動くなよってアドバイスを聞く余裕がなかった

 

13: 2020/06/05(金) 14:50:29.96 0
90分で決められるチャンスあったのに決めずにPK戦にしちまった前線が戦犯だよな
駒野はよく守備してゼロに抑えた立役者だ

 

14: 2020/06/05(金) 14:53:42.40 0
駒野はPK上手いから外したのは正直驚いた

 

16: 2020/06/05(金) 14:56:02.01 0
>>14
これ

 

15: 2020/06/05(金) 14:55:08.39 0
緊張してなかったって言ってるけど誰が見てもこれはヤバいなって顔してたよな

 

18: 2020/06/05(金) 15:03:25.89 0
>>15
嫌な予感しかしなかったw

 

19: 2020/06/05(金) 15:07:51.29 0
それまでに脚全部使っちゃったんだろうね

 

22: 2020/06/05(金) 15:18:48.84 0
衰えていたとはいえあそこはPK神川口に任せるべきだった まあたらればだけど

 

23: 2020/06/05(金) 15:25:14.94 0
PKは運
9人連続で外すこともある

 

24: 2020/06/05(金) 15:40:24.51 0
まあしゃあないけどあれはベスト8いけたな

 

引用元: ・日本サッカー界の歴史に残るPK男駒野友一が静かに語り出す

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