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ドゥンガが語る日本への思い。「日本が世界のトップ15に入ったとしても私は驚かない。」

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ドゥンガが語る日本への思い。「磐田はサッカーにとって重要な町」

 アメリカW杯を境に、ブラジルでは時代を「ドゥンガ前期」と「ドゥンガ後期」のふたつに分ける。それほどこのふたつの時代は違っていた。FIFAが選んだ94年大会のベストイレブンの中にはブラジルの選手が4人入っている。トップのロマーリオ以外は全員が守備陣から選ばれた。センターバックのマルシオ・サントス、サイドバックのジョルジーニョ、そしてディフェンシブハーフのドゥンガだ。

 クラブチームでもドゥンガは足跡を残した。特にイタリアでは多くの選手の手本となるような活躍を見せた。ピサではサポーターから「歴代最高の選手」に選ばれ、フィオレンティーナではホール・オブ・フェイム入りを果たし、ペスカーラでは歴代トップ3に入る外国人選手となった。そしてその後、ドイツのシュツットガルトを経て、ジュビロ磐田へ移籍する。

「日本行きを決断した理由は、ごく単純だった」

 ドゥンガはそう説明する。
「ジュビロは、日本のチャンピオンを目指していた。磐田は小さな町だったが、サッカーにとっては重要な町だった。いい選手もそろっていたし、これは私のサッカー人生のなかでも特別な挑戦だと思った。私はブラジルでも、イタリアでも、ドイツでも優勝を果たし、世界チャンピオンにもなった。あの時の私には新たな挑戦が必要だった。そんな時、ジュビロがこのプロジェクトを持ちかけてくれたのだ」

 ドゥンガの日本での最高の1年は、疑いようもなく1997年にジュビロが優勝を果たした時だろう。

「私は同時にJリーグの最優秀選手にも選ばれた。私の傍らには家族もいて喜んでくれ、私の人生のなかでも、本当にすばらしい瞬間のひとつとなった。ジュビロのサポーターは、エンドレスで私の名前を叫び続け、拍手を送ってくれた。あの光景は一生忘れることはない」

 ドゥンガは今でもジュビロ時代のことをよく思い出すという。
「あの時の喜びと、難しかったミッションのことは忘れない。昼夜関係なく、私はジュビロに魂を捧げていた。ベストを尽くしたと自信を持って言える。なぜなら、チームもサポーターも私に全幅の信頼を寄せてくれたからだ」

 そして日本サッカーにもエールを送る。

「日本が世界のトップ15に入ったとしても私は全然驚かない。日本のサッカー選手は頭がよく、とても秩序だっている。監督は優秀で、仕事に対してとことん真面目だ。日本サッカーはもっともっと上にいくことができると私は思う」

 プロとして歩み出したインテルナシオナルで、ドゥンガは現役を引退した。その後は監督としてサッカーに関わっていく。

 2006年、ドゥンガはどこのクラブチームの監督も経験することなく、突然ブラジル代表の監督に抜擢される。批判は多かったが、彼は自分の信じるやり方、自分の知っているやり方で邁進する。そして2007年にはコパ・アメリカでチームを優勝に導き、2009年にはコンフェデレーションズカップで優勝し、2008年には北京オリンピックで銅メダルを勝ち取った。
 IFFHS(国際サッカー歴史統計連盟)は2007年に、ドゥンガをその年の最優秀代表監督に選出した。1年前まで監督をしていなかった者がこの賞を勝ち取るのは、前代未聞の出来事だった。

 2010年の南アフリカW杯の南米予選では、セレソンを9勝2敗7引き分けでトップ通過させた。ただし、W杯本番では準々決勝でオランダと当たり、先制したものの1-2と覆され、敗退してしまった。

 この時のブラジル代表には多くの非難が浴びせられた。なぜなら、ネイマールを代表に招集しなかったからだ。

 しかし、選ばない理由がドゥンガにはあった。この時のネイマールはまだ18歳。ドゥンガは若く耐性のないネイマールを批判にさらし、その将来を潰したくなかったのだ。それはかつて自らが非難を受けた経験があったからこその決断だった。ネイマールを評価しなかったのでなく、それだけネイマールを大事に思っていたのだ。

 もっとも、ドゥンガのそんな考えは理解されなかった。W杯のあと、ブラジルサッカー協会とドゥンガは代表監督を辞任することで同意した。
 2014年のブラジルW杯直後、ドゥンガは再びセレソンの監督となる。任されたチームはとても強かったが、自国開催のW杯でドイツに1-7で敗れた大きなトラウマを抱えていた。結果を出すことはできず、2016年、ドゥンガはチームを後にした。偉大なリーダーである彼は言い訳をしない。黙って次の監督に席を譲り、自分のビジネスと家族のもとに戻っていった。

 ドゥンガには「怒れる男」のイメージがあるが、私が知る限り、非常に優しい人物だ。洗練され、聡明で、ポルトガル語のほかに英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語を操る。ワインを愛し、中でもチリ産のカベルネ・ソーヴィニョンがお気に入りだ。つまみはカマンベール。そして何よりも好きなのは日本食だ。

 彼が「ヴァンダ」と呼ぶエヴァニール夫人との間に、3人の子供がいる。スタイリストをする33歳のガブリエッラ、グレミオのU-20のフィジカルトレーナーである31歳のブルーノ、そしてもうすぐで13歳になるマテウスだ。

 代表監督を辞したあとは、大切な家族のそばにいて、スタイリストの娘とともにファッション関係のビジネスに携わり、ショップを運営している。慈善活動にも熱心に取り組んでいる。そのひとつが、前回述べた45トンの食糧の寄付だ。これはドゥンガだからこそできることである。

 もちろん、日々サッカーを研究することも欠かさない。戦術、テクニック、トレーニング……。いつどこのチームから声がかかっても対応できるように準備している。やはりサッカーは切っても切れない彼の身体の一部なのである。

 

1:名無しさん@さかまと!

ドゥンガがいなかったら名波や福西はあそこまでのプレーヤーになってなかったかもしれない。
もちろん藤田や服部、高原も。ジュビロ の黄金期を作ったのは間違いなくドゥンガイズムだ。

 

2:名無しさん@さかまと!

個人的には、ジュビロ最高の助っ人外国人だと思う。
ドゥンガがジュビロでプレーしたからこそ、黄金時代を築けた。
他のチームサポーターには申し訳ないが、当時のジュビロは、
アントラーズ以外のチームに負ける気がしないと思っていました。

 

3:名無しさん@さかまと!

W杯世界一に輝き、ブラジル代表主将が、ジュビロでプレーする凄さ。
ジュビロ所属ながら、フランスW杯でもセレソンに選ばれた凄さ。

 

4:名無しさん@さかまと!

ジュビロの財政状況から、年俸で折り合いがつかず、退団したが、
ドゥンガも、ジュビロでプレーし続けたい気持ちがあったので、
年俸面で折り合いがつけば、もっとジュビロでプレーして欲しかった。

 

5:名無しさん@さかまと!

磐田vs鹿島のナショナルダービー・・本当に懐かしい、
すごい楽しみにしてたし試合も興奮してみてた。
無論今のJリーグも素晴らしいけど、あの雰囲気はまだ出せていないと思う。
どこでもいいからあの雰囲気をまた醸し出して欲しい。
ドゥンガは勝利へのメンタリティーを教えてくれた最高の外国人選手の一人だった。

 

6:名無しさん@さかまと!

また近い未来、ジュビロに関わる仕事をしてほしい。
サポーターはみんな、大歓迎すると思う。

 

7:名無しさん@さかまと!

怒れる闘将ドゥンガってイメージだったけど、
全てをかけてやってくれてたんだね。
いつも怒鳴って怒ってるけどカッコ良かった。
昔はお金だけ取って真剣にプレーしない外国人選手もいたから、
これだけの実績がありながら磐田で闘ってくれたのは
改めて凄いことだったと思う。

 

8:名無しさん@さかまと!

中山や藤田、服部、名波とかジュビロが栄華した時の選手達は
W杯キャプテンのドゥンガがいて、幸運だったと思う。
他国の選手でも、あれほど分かりやすく叱責してるシーンは見ないし、
特に日本では味方と味方がやりあってるのは、ほぼ見ない。
やり方は違えど、鹿島のジーコと同じように植え付けたメンタルがあった。

 

9:名無しさん@さかまと!

どこにも所属してなくて暇なら、日本にたまに来て欲しい。
ドゥンガの話ならいくらでも聞きたいファンは少なくないはずだし

 

10:名無しさん@さかまと!

縁があるのであれば磐田の指揮官として戻ってきてもらえないかと思う。
1997~2002年の黄金期はどこか遠い昔に感じてしまう

 

11:名無しさん@さかまと!

神戸に今イニエスタが在籍していることは途轍もなく凄いが、
当時もドゥンガ、サンパイオ、ジーニョ、ジョルジーニョ、レオナルドら
錚々たるブラジル代表のメンバーがJでプレーしれくれてたんだよな。

 

 

12:名無しさん@さかまと!

ドゥンガとジーコは、今でも磐田と鹿島のチーム全体のメンタリティーに大きな足跡を残している。
この2人は、Jリーグの歴代外国人選手の中でも特別な存在と言っていいんじゃないかな。

 

13:名無しさん@さかまと!

今、実力があって、なおかつこういう熱いキャプテンシーを持った選手いないよなぁ。

 

14:名無しさん@さかまと!

思いの強い熱い選手だった。
こういうリーダーシップはどんな世界でも重要。

 

15:名無しさん@さかまと!

まさか、現役バリバリの時に日本に来るとは思わなかった。
親善試合の時に、試合前の整列の時に相手チームに奥大介がいたから、
お尻を3回くらい蹴っていたので、ドゥンガって結構お茶目?

 

16:名無しさん@さかまと!

ドゥンガが日本に来るとか今から考えると凄い事だったな。ジーコの力は偉大だ。

 

17:名無しさん@さかまと!

ブラジル代表監督としては失敗だったかもしれないけど、
ジュビロの監督やったらうまくいきそうな気もする。

 

18:名無しさん@さかまと!

ギャラ高いかもしれないけど
ジーコを鹿島が再び肩書を作ったように
シニアディレクターとかで磐田じゃなくても日本のクラブが
関わってもらうのも一手ではある。

 

19:名無しさん@さかまと!

ジュビロの外国人はいい選手多いよね
ファネンブルク、ドゥンガ、スキラッチ、グラウ、ヴァンズヮム、カミンスキー
以外と欧州色が強いね

 

20:名無しさん@さかまと!

いつか磐田に監督として戻ってきて欲しい。ジュビロサポの切なる願い。


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